"死んだ女よりもっとかわいそうなのは忘れられた女です"マリー・ローランサン
老婆ということもあり、シビレッタさんは歴代の女性幹部の中では
ハデーニャさんと並んでおそらく不人気の部類に入ることでしょう。
しかし冷酷な王に毎晩毎晩物語を語り続けた結果、
王の心を動かす事が出来たシェエラザードと異なり、
館長の心を動かせなかったシビレッタさんの姿に、私は憐みの念を抱いてしまいました。
シビレッタさんは最初から物語を利用するだけの人物だったのか・・・?
秋元こまちの作家を目指す物語の最終章を再見し、色々と考えさせられた一編でした。
シビレッタさんの部屋を訪れるアナコンディさんは、
いつになく不気味な程に慇懃無礼に切り出します。
『シビレッタさんはよくやって下さいました。館長に代わって私からお礼を申し上げます』
ここで好きなだけ本を読んでいて良いという発言を聞いて、
事実上の戦力外通告を言い渡されたシビレッタさんは思わず耳を疑いました。
アナコンディさんが仕事に追われず趣味に没頭できるなんて羨ましいと
皮肉っぽく言い残して部屋を後にした後、
残されたシビレッタさんは激昂して本の山を払いのけ、とっておきの本を手に取りました。
それは、終わりのない物語―
図書館の書架を前にして、こまちは何やら考え事をしていると
そこにのぞみがやって来ました。
蔵書の量に驚きの声を上げるのぞみに、こまちは抱いていた不安を打ち明けます。
『将来もし私の書いたお話が本になったとしても、そんなに沢山ある本の中から、
誰か気付いてくれるかしら?手に取ってもらえるかしら?
そんな事を考えてると、何をどういう風に書いたらいいか分からなくなるの』
今まで誰にも話せなかった不安を打ち明けるこまちに、
のぞみはどんなに沢山の中からでも絶対にこまちの本を見つけ出すと宣言します。
しかし、その時不穏な空気を感じてナッツが駆けつけました。
図書館の証明が落ちると同時に、シビレッタさんが現れます。
終わりのない物語が今、幕を開けました。
気がついた時、こまちとナッツは中東風の衣装に身を包み、宮殿の一室にいました。
辺りを見回してものぞみはおらず、代わりにシビレッタさんが現れて、
みんなをバラバラに引きずり込んだ事、
そして終わりのない物語を永遠にさまよい続けると言い放ちます。
こまちとナッツは窓の外に広がる砂漠の風景に、
ここがアラビアンナイトの世界だと察しました。
のぞみはうらら、くるみと共に、同様に中東風の衣装を纏って砂漠の只中にいました。
不意に起こる地響きに振り返ると、そこには無数に分裂したシロップの姿が・・・
その数を数えて40人という事で、アリババと40人の盗賊だと理解するくるみ。
盗賊じゃないと抗議するシロップですが、そこに別の影が襲いかかりました。
まるでジラースのような巨大なトカゲのホシイナーが、のぞみ達を追い回します。
そしてりんちゃん、かれん、ココは暴走する魔法のじゅうたんに振り回されていました。
なんとか降りる方法を考えようとした矢先、かれんのキュアモが鳴ります。
トカゲに追われて助けを求めるくるみからの連絡と知るも、
じゅうたんが言う事を聞かず、助けに向かえません。
と、暴走するじゅうたんの行く手に追われるのぞみ達の姿が見えました。
『お願いだから、のぞみ達のところへ行って!』
相変わらず言う事を聞かないじゅうたんに思わずりんちゃんが叫ぶや否や、
突如じゅうたんは方向を変えてのぞみ達の方へと飛んで行きます。
逃げる最中、シロップの一人がつまずいて転び、
残りの39人のシロップも折り重なるように転倒。
トカゲホシイナーに踏みつぶされそうになり、うららは思わずシロップの名を叫びますが・・・
と、こちらも突如シロップが光を発し、トカゲの足の下からうららの下へと転移して来ます。
何が起こったのか考える間もなく、トカゲは再び追ってきます。
りんちゃんとかれんの乗るじゅうたんが追いつきますが、
今度は定員オーバーで飛ぶことが出来ず、じゅうたんを捨てて岩山目指して走りました。
そこには小さな洞窟がありますが、入り口は固く閉ざされており、
背後からはトカゲが追ってくる中、猶予はありません。
『こうなったら・・・開け、コメ!』
思わず脱力するみんな。
『何よそれ。そんなんで開く訳・・・』
ところが本当に扉が開き、くるみは文字通り開いた口がふさがりません。
ともかく、洞窟の奥へと逃げ込み、間一髪トカゲから逃れる事ができました。
しかし洞窟の中は分かれ道が広がっており、
くるみは先ほどから何かに邪魔されているような感覚を覚えます。
『お願い、私達の邪魔をしないで。早くここを抜け出して、こまちの所に行きたいの!』
突如、かれんの訴えに応じるように分かれ道の一つが淡い光を放ちました。
そちらへ向かっていくと、途中から洞窟の岩肌は宮殿の回廊のように変わって行きます。
このアラビアンナイトの世界は一度入ったら永遠に出る事が出来ないと
嘲笑うシビレッタさんに、書物を愛するこまちは怒りを露にします。
『アラビアンナイトをこんな風に使うなんて、許せない!』
それでもシビレッタさんは本を読むのにルールがあるのかと居直り、
本はただの道具だと言い切ります。
『間違ってる!お前は本を読むということを理解していない!』
読書家のナッツもシビレッタさんを非難した矢先、
宮殿の扉が開いてのぞみ達が駆け込んできました。
のぞみ達がここまでたどり着いた事に釈然としないシビレッタさんに、
ナッツは千夜一夜の物語の由来を言い聞かせます。
残虐な王の行いを止めるために、毎夜話を続けた女性の経緯を持ち出し、
シビレッタさんの行いはその想いとかけ離れているため、
思い通りになっていないと論破しました。
先ほどのじゅうたんの一件、岩山の入り口や分かれ道の件などは、
全てお互いを助けたいという皆の強い想いに物語そのものが答えてくれたため。
ところがシビレッタさんはそんなものを認めようとせず、
ランプにホシイナーボールを投げつけました。
ランプから立ち上る煙は形を変え、ランプの魔人ホシイナーが現れます。
変身した6人を追って、ホシイナーは宮殿の屋根を突き破り
戦いの場は宮殿から外の砂漠へ。
しかし元の身体がランプの煙のため、攻撃が突き抜けてしまい通用しません。
さらにシビレッタさんが電撃で追い打ちをかけ、
ねじ伏せられたみんなを案じるココ、ナッツ、シロップの前に
ホシイナーが立ちはだかります。
『これで分かったろう。本なんてものはどう使ったって良いんだよ』
『本を道具にするなんて、そんな事、絶対に駄目よ!』
ミントにとって、物語を利用するシビレッタさんの行為は我慢なりません。
しかし、シビレッタさんはミント=こまちが小説を書いている事に触れ、
自分の好きなように物語をこねくり回す事とどう違うのか問います。
返答に窮するミント。そこにドリームが割って入り、
シビレッタさんが自分の事しか考えずにつくりかえた物語と異なり、
こまちの書く話はまっすぐな想いが伝わってくると言い放ちました。
『だから私はこまちさんのお話が大好き!』
ドリームに続き、皆がミントを見る目も同じ、
ミント=こまちの書く話は、みんなが良く知っています。
『嘘つくんじゃないよ。そんな話が書いてある本なんてあるもんか!』
シビレッタさんはかつて、来る日も来る日も館長のために
ありとあらゆる本を読み聞かせてきましたが、館長の心は全く動きませんでした。
その無念と苛立ちをドリームにぶつけ、本に想いなんてある訳がないとぶちまけますが、
今度はミントが反論して立ち上がりました。
激昂し、老婆とは思えない勢いで突進してくるシビレッタさんを
ミントはエメラルドソーサーで受け止めます。
『あなたは本を自分の都合で使う事しか考えなかった。
そんな気持ちで読んでも本は答えてくれないわ。誰の心も動かす事は、出来ない!』
駄々っ子のようにうるさいと喚きちらすシビレッタさんに、
ドリームがシューティングスターをぶちかまし、
弾き飛ばしたところにアクアが、レモネードが、ルージュが次々と追い打ちをかけます。
たまらずホシイナーに指示を出すも、ココ達を捕えていたホシイナーには
ローズが立ち向かい、ココ達を解放してそのままメタルブリザードで撃退しました。
続けてレインボーローズエクスプロージョン。シビレッタさんは電撃で迎え撃つも、
5人の気迫に押し切られバラの花弁に包み込まれ・・・
『嫌だ!まだ終わりたくないよッ・・・!!!』
無念の断末魔を残し、老い先短い命を砂漠へ散らしました。
改めてこまちの新作を楽しみにするみんなの反応とともに、
アラビアンナイトの世界は消え失せました。
まるでシビレッタさんが敗れる事を予期していたかのように、
その部屋に佇むアナコンディさん。
『もう、この部屋は必要ないですね。報告書以外の文字なんて全く意味が無い』
水晶玉に煙が立ち込めるのを確認して、シビレッタさんの部屋を後にします。
そして、水晶玉も主と運命を共にするかのように砕け散りました。
ナッツハウスで夕陽を眺めながら、
こまちはナッツにみんなの事を小説に書きたいと打ち明けます。
素晴らしい仲間と共に、共に歩み、共に泣き、共に笑った事を伝えたい―
『そしていつか、世界中のどこかで誰か一人でもいいから、私の書いた小説を読んで、
自分もこんな仲間を作りたいって思ってくれたら、私はそれだけで幸せなの』
そんなこまちの次回作はナッツだけでなく、みんなが楽しみにしています。
『私が主人公になってあげてもいいわよ!』
『スポ根モノなら私が!』『私も主人公やりたい!』
『私もOKです!いつでも取材して下さい』『主役は誰でもいいんじゃない?』
騒々しくも賑やかな、素晴らしい仲間たちが、今この瞬間もここにいます。
誰のものでもなく、みんなが主役です。
今回、このような感想になってしまって良かったのか悩みました。
本来であれば作家を目指すこまちの夢への賛歌となるべきところですが、
冒頭で触れたとおり、それ以上にシビレッタさんが不憫でなりませんでした。
歴代シリーズの敵キャラクター達の最期を多々見て来た中、
最も報われない最期を見たようで今もなお、
これで本当に良かったのだろうかと考えさせられています。
非業な最期を遂げた者、最後までその役割を全うした者、
そしてその魂が救済された者、本当に命拾いをした者・・・
プリキュアの敵は皆が独自の個性を持ち、
主人公の引き立て役としての役割を見事に果たしているからこそ、
その退場には奇妙な寂しさが伴います。
ここまでのシリーズに登場する女性幹部といえば、
ポイズニー姐さん、レギーネ=翔子さん、ビブリス、シタターレ姐さん、アラクネアさんと、
性格的に憎めないだけではなく、ビジュアル的にもそれなりに魅力がありました。
(特に翔子さんは私のツボでしたが・・・)
ハデーニャさんとシビレッタさんをそれぞれ中年、老婆に設定したのは、
無用の同情を誘う事を避ける意味もあったのかもしれません。
そう考えると、当初から好かれる要素の薄いキャラクターとなってしまったこの2人が
大変悲しい存在に思えてきました。
そして理不尽な最期を遂げたハデーニャさんと並び、
シビレッタさんに関しても、館長へ気持ちが通じなかった事の無念の想いと、
そして生への強い未練が伺える断末魔の台詞が、妙に後味悪く残ってしまいました。
物語を利用し、己の意のままに好き放題踏みにじり、
ローズパクトの略奪を企てるシビレッタさんの行いは、確かに悪い事です。
しかし、彼女は最初からそのような考えの持ち主だったとは思えません。
数々の物語を理解し愛していなければ、
その都度状況に応じた的確な物語の選択は出来ない筈です。
最後のとっておきにアラビアンナイトを選んだというのも、
千夜一夜物語の語り部シェエラザードと自らを重ね合わせていたように思えました。
シェエラザードはそれこそ命をかけて毎夜毎夜、王への語りを繰り返し、
王の興味を惹いて、ハッピーエンドを迎えます。
対するシビレッタさんも館長のために真摯に尽くしたにもかかわらず、
その気持ちは通じず、ハッピーエンドを迎える事はできませんでした。
今回ミント=こまちは、シビレッタさんの無念の事を、
自分の都合でしか物語を利用しない者が読んでも
相手の心を動かすことは出来ないとばっさり切り捨てます。
しかし、シビレッタさんは本当に真っすぐな想いを持っていなかったのでしょうか。
館長へ心が通じなかったが故に
シビレッタさんが歪んでしまったとも考えられるので、
これはいささか酷な発言に思えてしまいました。
同じ書物を愛する者同士、別の方法が無かったものか・・・
今となってはどうにもできませんが、他の解決策が見たかったような気がしてなりません。
ある意味こまちにとっては今後の進路を進む上で、
反面教師となった事でしょう。
物語の世界に於いて、書き手は神の如く登場人物を動かす事が出来ます。
そして、本を読むのにルールは確かにありません。
作中世界に入り込んで自分ならこうしたい、
こう振舞いたいと空想を巡らすという事も出来ます。
シビレッタさんの作品世界のような振る舞いは、
一概に悪い事とは思えませんが、弊害を伴う事も確かにあります。
独りよがりにならず、読み手の事を考えた文章を作るという、
作家を目指す上で意識しなければならない事を、身を持って体験した事でしょう。
あまり固い事ばかりを言っても仕方がありませんので・・・
今回はアクションのみならず、各種の動きが大変ダイナミックで迫力がありました。
のぞみ達を追い回すトカゲが異様に生々しく動いたり、
老骨に鞭打って自ら肉弾戦を繰り広げるシビレッタさんと、
シビレッタさんに追い打ちをかける皆の攻撃の数々は、
このシリーズのアクションパートの中でも特筆すべきものがありました。
40人のシロップや「開けコメ」などのネタ要素も楽しめ、
そして中東風の衣装に身を包んだ皆も可愛らしく、
同時にシビレッタさんのコスプレシリーズの最終章でもある事に少し寂しさを感じました。
再見するまではシビレッタさんシリーズはマンネリだったと思っていたのですが・・・
月並みですが、再見することで再評価できる事を改めて思い知った次第です。