辺り一面闇の中。
ことはが気づいた時、ミラクルとマジカルが戦っています。戦いの果てに倒れた二人。ことはは前回のヤモーの言葉を思い出しました。
『あなたがエメラルドを持っている限り、私は狙い続ける』
『もうやめて!!』 それは悪夢の中の出来事でした。うなされて飛び起きたことはは、夢だと知って胸を撫で下ろします。しかし安堵したのも束の間、自分がエメラルドを持っているためにみらいとリコが襲われてしまうと、思い詰めた表情で机に向かい、ペンを走らせました。朝食だと呼ぶみらいの呼び声に、ことははペンを置いて下へ向かいます。卓上には、手紙が残されています。
今朝の朝食は、みらいとリコが日頃の感謝の気持ちを込めて、腕によりをかけたスペシャルモーニング。リコは母が料理研究家だけに腕前がしっかりしており、みらいが作った卵焼きも、焦げているものの味は良いようです。
「いつもありがとう」
の気持ちを込めたと聞いて、ことはは思い詰めた表情でフォークを置きました。
『私もありがとうしなくちゃ』 ことはは魔法を使わずに一人でクッキーを作り始めます。ところが卵を割れば殻が入り、砂糖を探そうとして小麦粉を落とし、台所を粉まみれにするなど、悪戦苦闘。それでもなんとか自分の力でクッキーを焼きあげました。
みらいとリコは、ことはが作ったクッキーを一口かじり、笑顔でとてもおいしいと評しました。モフルンもサクサクだと評価しています。
『それにしても、あんなに小さかったはーちゃんがクッキーを作るなんて』 みらいに褒められ、ことはは照れ笑いを浮かべた後、改まって言います。
『これは私からみんなへのありがとうだよ』 美しく、そして恐ろしいくらいに赤く、夕陽が空を染め上げる下。最後の一本となったドクロクシーの骨を手にしたヤモーが、背水の陣の決意を胸に彷徨い歩いています。
『この私の全てを掛けてプリキュアを倒す。ドクロクシー様、どうかこのヤモーに力をお貸しください。必ずやエメラルドを手に入れ、あなたに代わって闇の世界を作って見せます』
そしてことはも、ある決意を胸に、翌朝まだ暗いうちにそっと家を後にしました。後ろ髪を引かれるように一度だけ振り返り、静かに一礼。そして朝日奈家から人知れず立ち去ります。
なかなか降りてこないことはを起こすために、屋根裏部屋へ足を運んだみらいとリコは、綺麗に片づけられた部屋、そして机の上の置手紙を見て絶句しました。
「ありがとう さようなら ことは」 それは簡潔なだけに、ストレートに伝わるメッセージです。ことはに何があったのか、二人は知る由もありません。
ことはには当然行く当てもなく、町を彷徨っています。仲睦まじい人々を見て、
『べ・・・別に寂しくなんかないし』 リコの口調で強がってみても、押さえ切れない寂しさ、不安さが滲み出ています。そんなことはを尾行する怪しい影が・・・。路地へ逃げ込み、ほうきで飛んで逃げようとしますが、なぜか魔法が使えません。戸惑うことはの背後に迫る怪しい影が、ことはを掴みました。
『放して!そのモフモフした手を放して!』 良く見れば何のことは無い、未明に一人で家を出たことはを案じて、後を追って来たモフルンでした。
その頃、みらいとリコはほうきに乗って空からことはを探します。
『はーちゃん、何かあったのかな?』『そうね、いつもと少し様子が違ったけど』 公園の噴水前で、モフルンはことはに、なぜ黙って出て行ったのか事情を聞きました。
『このままエメラルドが狙われ続けたら、みんな大変な目に遭っちゃう。私はみらいとリコの所にいちゃ駄目なんだよ』 しかし悲壮な決意を胸に家を出たものの、行く当てはありません。記憶の中の「花の海」を目指そうとしても、そこがどこなのかさえ分かりません。挙句にお腹も空いてきて、魔法でサンドウィッチを出そうとしますが、今度も魔法は使えませんでした。
『きっとはーちゃんがしょんぼりしてるからモフ。元気がないと魔法も上手く使えなくなるって、前にリコが行ってたモフ』
ことはは、しょんぼりなどしていないと反発した矢先、向かいのベンチで母におやつをねだる女の子の姿に、妖精だった頃スープを飲ませてもらった事を重ね合わせました。同時に、三人とモフルンで過ごした日々が浮かんできます。その時、昨日作ったクッキーを持って来たことを思い出しました。
『そのクッキーは・・・』
モフルンが止めようとするより早くひと口かじり、その塩辛さに驚きます。同時に、砂糖と塩を間違えた事にも気が付きました。
『みんなおいしいって食べてたのに、何でこれをおいしいなんて・・・?』 その時周囲から人の気配が消え、ヤモーが公園に現れました。
『今日こそはエメラルドを渡してもらいますよ。絶対に』
ヤモーは自身を媒介し、ドクロクシーの骨と、子どもが落とした虫かごを掛け合わせ、腹部に檻を宿したヤモリの怪物へと変貌。変身しようとしたことはを、それより早く腹部の檻へと閉じ込めました。
丁度そこにみらいとリコが駆けつけます。ことはが捕らわれた事、そして相手が変わり果てたヤモーだと知って、ダイヤスタイルへと変身します。
『この小娘ごとエメラルドを取り込み、今こそ闇の力を』
『そんなこと、もう二度とさせない』 怪物と化したヤモーは強く、苦戦するミラクルとマジカル。手出しが出来ないことはの前で、追い込まれて行く二人の姿は、冒頭の悪夢が正夢になったようです。見かねて逃げるよう叫びますが、ミラクルもマジカルも、ことはを置いて逃げる事などできません。
『私の事はもういいの。だってエメラルドと私がいるから、みんなまで狙われちゃう。私がいたらいつまでもみんなを困らせちゃう』 ことはの悲痛な叫びに、ミラクルとマジカルは置手紙の真意を知りました。
『だからさようならって?』『私たちのために?でも、そんな大事な事を一人で決めるなんて・・・』『どうして私たちに話してくれなかったの?』 ことはも二人に問い返します。クッキーが塩辛くて本当は美味しくなかったと、なぜ言ってくれなかったのか、と。
三人のやりとりの間、しばし空気を読んでいたヤモー(笑)が、再び襲いかかって来ます。攻撃の余波で公園が壊れ、噴水が、木々が、闇へと染まって行きます。
その状況でも、ことはの気持ちを知ったミラクルとマジカルは負けません。
『はーちゃんが私たちのために一生懸命作ってくれた』『はーちゃんの気持ちがいっぱい詰まったクッキーなんだよ。凄く嬉しくて本当においしかった』『私たちは』『はーちゃんの事が』『大好きだから!!』 ことはもまた、
ずっと一緒にいられますようにと魔法をかけた日を思い出し、スマホンを手に涙しました。
『一緒だよ。ずっと、ずっと、一緒だよ!』『もう二度とはーちゃんを一人に何てさせるもんですか』 その時、ピンクトルマリンが輝きを発しました。同時にことはを束縛した檻が砕け、スマホンを手にフェリーチェへと変身します。
フラワーエコーワンドにピンクトルマリンを宿し、ヤモーの攻撃を押さえつけ、押し返します。マジカルがアクアマリンの力で凍らせ、ミラクルがガーネットの力で足元を固め、ヤモーの動きを封じます。
『闇を・・・私とドクロクシー様の永遠の闇を・・・』
それでも向かってくるヤモーに、フェリーチェのエメラルドリンカネーションが炸裂。
最期に主君の名を叫び、ヤモーもまた闇の魔法使い達と同じく、ヤモリの姿へと戻りました。
『何だ、あっけねえの。仕返しとやらが済んだら色々と面倒事を押し付け、いや「あのお方」からの大事な仕事を任せようと思ったのによ。まあ所詮は魔法、この程度か』
一部始終を見届けたラブーが、拍子抜けと言わんばかりに引き上げていきます。
ひぐらしの声が公園を包む中、みらいとリコはことはの手を取ります。そして笑顔を取り戻したことはが、二人を引っ張って、朝日奈家へと帰って行きました。これからも、みんなで過ごす日々が続いて行くことでしょう。
思い詰めてしまったことはの行動と、みらいとリコの心遣いがメインの一編ですが、まずは今回で退場となるヤモーについて語ります。
ことはにはみらいとリコ、モフルンが居ます。対してヤモーは既に主君も同僚も失い、唯一話しかけてくる相手であるラブーにはモルモットのようにしか見られていません。
純粋な想い故に行動しているのは、今回のことはも、ヤモーも同じです。しかしヤモーは一人。ドクロクシーのカカシは所詮ただのカカシで、何も応えてはくれません。しかも悲しいかな、エメラルドを得たとしても既に成仏したと言えるドクロクシーが舞い戻る筈も無く、ただラブーに利用されたという結果しか残りません。どう転んでも、このままではヤモーが救われる道はありませんでした。
特に今回のヤモーからは、ことはがみらいとリコに、みらいとリコが朝日奈夫妻とかの子さんに、それぞれ伝えたかったありがとうの気持ちと同じものが伺えます。
自分という存在を作り出してくれたドクロクシーに対しての感謝を伝えるために、その遺志を継いで闇の世界を作る。決してみらい達と相容れない目的です。しかしその動機は純粋でした。
『闇を・・・私とドクロクシー様の永遠の闇を・・・』
倒される直前の台詞からも、ただ二人の居場所を取り戻したかったという願いが伝わって来ます。無論、自分とドクロクシーだけの世界のために、それ以外を省みないのは擁護できません。それでもその盲目的な想いには、何とも言えない切なさが感じられました。
あえて救いを求めるとすれば、元のヤモリに戻ったヤモーがドクロクシーのカカシに寄り添う描写でしょうか。偶像とはいえ、それを主君だと信じ、常に一緒に居られれば、彼にとって心の拠り所になっているのかもしれません。
再見をスタートした頃、まさかヤモーにここまで感情移入するとは思いませんでした。ガメッツさんは私の中で少し株が下がりましたが、バッティとスパルダに逆に人間味を感じたり等、初見とは違った感想を抱けることが、くどいようですが再視聴の醍醐味と言えます。
そしてヤモーにこれほど憐みを抱いた今だからこそ、最終回の「オボエテーロ」が感慨深いです。
ヤモーばかり語っていてもアレなので、ことは達へ視点を移します。
まず、砂糖と塩を間違えたクッキーは、スマイルプリキュアの
「母の日の塩コーヒー」、そして
「あかねが初めて作ったお好み焼き」を思い出しました。
傍から見ればどちらも失敗作ですが、そこには純粋な気持ちが込められています。もっとも、良く見ると塩辛いクッキーはみらい、リコ、モフルンとも一口以上食べていなかったり、みんなの笑顔が引きつって見えたりとするのですが・・・(笑)。塩辛いコーヒーを飲んだ時の育代さんも引きつった笑顔を浮かべていたことを思い出したものです。
失敗作といえば、みらいとリコが作った朝食についても、本当においしかったのか言及されていません。特にみらいの焦げた卵焼きが本当においしかったのかは謎です。塩辛いクッキーを「おいしい」と評したように、大吉さんも同じ気持ちでみらいの卵焼きをそう評したのかもしれません。
リコについても「親が料理研究家」と褒められていますが、リコの料理についての感想ではありませんでした。普段家事をこなしている今日子さんから見れば、注文もあったかもしれません。
それでも二人の感謝の気持ちを込めた料理について、誰も否定はしませんでした。ことはのクッキーについて否定しなかったのも同じ気持ちです。
今では「親」というよりも「友達」という関係になったとはいえ、みらいとリコは、はーちゃんの頃からことはの成長を見守って来ました。ことはも今の姿になってから、魔法の使い過ぎや、魔法ではなく手を動かす事で得られるものなど、多くを学び成長を遂げています。その結果が魔法を使わずに一人で作ったクッキーならば、これを否定すれば今までの成長も否定してしまう事に繋がってしまう。そう考えた二人(とモフルン)の思いやりだった筈です。
しかしことはは、まだそこまで考える事ができません。彼女の名前の由来は、校長のが口にした「素直な言の葉」です。気遣うあまり、素直に塩辛いと言ってもらえなかった事を邪推し、嘘だと判断してしまうのも無理はありません。
だからこそ、ミラクルとマジカルが「素直に」ことはが一生懸命作ってくれた気持ちが嬉しかったからおいしかったという言葉が、ことはの心を解きほぐしました。
ヤモーの体内の檻に閉ざされていた姿は、心の檻に閉じこもっていた事を暗示していたと思います。その檻が砕けた事で、ことはは物理的にも心理的にも解き放たれました。結果的に檻を砕いたのはピンクトルマリンの光ですが、そのきっかけはミラクルとマジカルの「素直な言の葉」です。特に「ずっと一緒」「二度と一人にしない」という、再びはーちゃんを失いたくないという気持ちが、強く作用したと思います。
思い悩むことも成長の一つ。この体験からも、ことはは一つ学んだことでしょう。