開始早々、めぐみ、ひめ、ゆうゆうが、ドレッサーに向けて珍妙なポーズをとっています。なんでも新たな力を引き出すためにいろいろ試しているようですが、当然効果はありません。めぐみは続きをいおなに無茶振りします。
いおなはおもむろに、ドレッサーの鏡に向かって微笑みかけました。その愛らしさに沸くめぐみ達。我に返ったいおなは照れてそっぽを向くものの、まんざらでも無さそうです。
学校でも、めぐみ達はあのいおなの仕草で盛り上がっています。戸惑い気味のいおなを、誠司と一緒に遠目で見守る男子、海藤裕也。彼は最近いおなが良く笑うようになったと感じていました。
『さては氷川の事チェックしてたな?』
『当然』
余裕を感じさせる笑みと共に、裕哉は誠司に答えます。
校舎の裏手の流し台。いおなの所へ裕哉がやって来て、一緒にいるひめに外すよう求めました。ひめも彼の意図を察し、悪戯っぽい笑みを浮かべながら立ち去ります。迷子のように不安な表情で取り残されたいおなを、裕哉は真剣な目で見つめました。
『これって、ドラマとかでよくある告白の展開?』 校舎の影で、ひめは期待に胸を弾ませています。裕哉は改めて自己紹介。いおなが自分の名前を知ってくれていた事を嬉しいと言いながら、一歩踏み出して正々堂々と告白します。
『ずっとお前の事が、気になってたから。俺、お前の事が好きなんだ。付き合ってくれないか』
『突然そんな事言われても・・・』 戸惑い目を逸らすいおなを気遣い、裕哉も急ぎの返事を求めず、ひとまず立ち去りました。
大使館で、ひめとめぐみは当事者以上に盛り上がっています。
『これは事件ですな』『いおなちゃんのあの笑顔、ゆうゆうの言う通りモテモテだったね』 当のいおなは恋の経験がなく、どうすればいいのかわかりません。
『でも恋はするものじゃなく、落ちるものだから』 さすがゆうゆう!達人のようなアドバイスです。そしてまずはデートだろうと、自分を置いて盛り上がる周囲に恐れをなし、いおなはブルーに恋愛禁止を持ち出して助けを求めます。ところがブルーは何も言わずに微笑み返すだけ。頼みの綱は立たれました(笑)
そうこうするうちに、ひめは誠司経由で裕哉にデートを取りつけました。もちろん裕哉は快諾します。不安そうないおなに、めぐみは二人きりが不安ならみんなで行こうと助け船を出します。
『このうっとうしい甘酸っぱい香りは』
『恋の香りですな』
ホッシーワさんとナマケルダさんが、その香りを嗅ぎつけました。ホッシーワさんは、恋はお腹の足しにならないとやる気を見せず、やむなくナマケルダさんが立ち上がります。
『でも恋はいけません。恋は・・・』
デート当日。ガーリーファッションにカワルンルンしたいおなに、超やる気のひめがドレスアップの仕上げをします。盛り上がるひめ、めぐみ、ゆうゆうとは裏腹に、いおなは不安を隠せません。
みんなで動物園にやって来ました。めぐみ達が一緒に来るのはここまで。まるでお見合いのように(笑)、いおなと裕哉は二人きりになりました。何か見たい動物はないかと聞かれても、いおなの緊張は解けず、裕哉に任せます。
カバに続いて、裕哉はキリンを見せました。
『キリンの目、優しい目してると思わねえ?』
『本当だ・・・』『オスでもまつ毛バサバサなんだぜ』
『わぁ・・・本当だ!』 裕哉に勧められるままにキリンの優しい目を見るうちに、いおなの笑顔も柔らかくなっていきました。キリンにエサの小松菜をあげるいおなに、裕哉はキリンと同じような優しい眼差しを向けています。
二人は広場でフリスビーに興じます。
裕哉が放ったフリスビーを受け止め、投げ返しますが、思うように飛びません。途中で落ち、いおなの方へ転げ戻ってしまいました。太陽を目指す感じで、と裕哉のアドバイス通りに投げると、フリスビーは初秋の青空に吸い込まれるように高く飛んで行きました。アクロバティックに受け止める裕哉に、嬉しそうに駆け寄るいおな。その笑顔を見て、裕哉も嬉しそうに返しました。
『やっと笑った』
『・・・え?』 柔らかな光が2人を照らします。
デートに誘われた事は嬉しかったものの、いおなが楽しんでいるのか、自分の気持ちだけ強引に伝えてしまったのではないか、仕方なく誘ってくれたのではないか。裕哉も不安を抱いていた事を打ち明けます。余裕ありそうに見えて、実は彼もいっぱいいっぱいでした。意外そうに驚くいおなの何気ないしぐさが、裕哉の心を掻き立てます。
『氷川、前より良く笑うようになったよな』
これもいおなは特に意識しておらず、意外そうに答えます。裕哉は思い切って切り出しました。
『前から、お前の事気になっててさ・・・。俺さ!』
いおなはその先に続く言葉を遮るように立ち上がります。
『私!飲み物か何か、買ってくる』 戸惑いと動揺を隠せず上ずった声で、いおなはその場から逃げるように買い物に向かいました。
取り残された裕哉の手から、フリスビーが滑り落ちます。それは静かに芝生広場の方へ転がって行きました。受け止めてくれる相手が無いままに・・・
『やってしまいましたな』
フリスビーを受け取る相手が芝生広場にいました。しかし、それは招かれざる相手です。
『いきなり自分の気持ちを押しつけ過ぎです』
「恋の狩人」なる二つ名で名乗った後(なんだその肩書w)、ナマケルダさんは瞬時に裕哉の懐深く入り込んで、鏡の中へと閉じ込めました。
両手にソフトクリームを携え、いおなが戻って来ました。そこに裕哉の姿はありません。ただ無為に陽の光を反射して輝く鏡。先程まで賑やかに鳴いていたセミの声も聞こえません。音一つないセピア色の世界。いおなの足が止まりました。
『苦しみから解放されて少年は、幸せになったとさ』
『ナマケルダ!・・・何言ってるの?』 その発言の意図を察し、息を呑むいおなに、ナマケルダさんは裕哉を閉ざした鏡を見せつけます。
『察しのいいお嬢さんだ。少年を恋の苦しみから解放してあげました』
『海藤君・・・』 いおなの両手を濡らす、融けたソフトクリーム。サイアークが巻き起こす風が、いおなの手からそのソフトクリームを奪い取りました。
『・・・許せない』 静かな呟きは、熱い怒りとなってナマケルダさんに向けられます。いおなは一人ではありません。異変を知り駆けつけためぐみ達と共に、変身します。
『今日という今日は恋を撲滅して見せますぞ』
セピア色が濃さを増し、鏡に封じられた裕哉が見つめる前で、襲い来るサイアークにラブリーとプリンセスが、フォーチュンとハニーが連携して攻撃を畳み掛けます。ナマケルダさんは余裕の笑みを崩さず、直後サイアークの反撃が、フォーチュンを除いた三人を跳ね飛ばしました。
残るフォーチュンが、ナマケルダさんと静かに対峙します。
『何ですか?』
『私は・・・』『助けられますか?』
フォーチュンの背後に着地するサイアーク。振り返り、一蹴するフォーチュン。しかしその刹那の隙を突かれて・・・裕哉を封じた鏡に、倒れるフォーチュンの姿が映り込みました。鏡を横切るナマケルダさんの影が、フォーチュンにまるで恋の辛さを言い含めるように語りかけます。
『わかりましたか?恋などしたら最後・・・振り回されるだけなのですよ』
倒れたフォーチュンの目線の先には、裕哉を封じた鏡。唇を噛みしめながら、それに目を向けるフォーチュン。鏡はセピア色の世界でも、光を映して輝いています。
『それでも誰かを好きになる気持ちは止められないよ!』『邪魔したって無駄なんだから』『本当に好きなら、なおさらね』『氷川を想う裕哉の気持ちに、嘘はない!』
戦列へ戻って来たラブリー達、そして誠司の声援と共に、鏡が反射する光は一層輝きを増し、フォーチュンを照らします。
『助けたい・・・』 反射光の中で立ち上がり、
『海藤君を、助けたい』 光の中を、フォーチュンは鏡に向けて歩み出します。
『海藤君が話してくれた事、嬉しかった。なのに逃げたりしてごめんなさい。気持ちはちゃんと受け止めました。でもまだ、恋とか付きあうとかわからないの。だけど、私の事を見ていてくれて嬉しかった』 鏡の中の裕哉を真っ直ぐ見据えて、言葉にしました。
『私も海藤君の事が、大切です。・・・あなたを守って見せる』 裕哉を封じた鏡がその気持ちに応えるように、反射の光を強く輝かせます。
すると同時にフォーチュンの想いに応えてドレッサーが反応。フォーチュンを新たな装い、イノセントフォームへと進化させました。
『私は、皆の想いを守りたい。隙とか恋とか、私はまだわからないけれど、そう思うの』『あなたはまだ知らないのです。恋は憎しみや悲劇を生むと言う事を』
ナマケルダさんも持論を譲りません。サイアークをけしかけ、思わず目を閉じるフォーチュンですが、それを今度はラブリー達が受け止めました。
『大丈夫!想いは届くよ!』 流れが変わり、相手の動きを封じたところでハピネスビッグバーン。サイアークを浄化しました。
『懲りない人たちですな。恋の辛さも知らないで』
『懲りないよ。誰かを愛する事って、素敵な事だもん』『・・・それでも私は愛する事を怠けますぞ』
思わせぶりな台詞を残し、ナマケルダさんも引き上げていきました。
裕哉が解放されると同時に、青空が戻って来ます。
『ごめんなさい。急に、いなくなったりして』 フリスビーを差し出しながら、いおなは彼の気持ちから目を逸らした事を謝りました。
『俺こそごめん。気持ちを圧し付け過ぎたよな』
裕哉も謝りますが、その後爽やかな笑顔でフリスビーを放ります。
『でも・・・俺の事嫌いじゃないだろ?』
それをいおなは、笑顔で受け止めて答えました。
『嫌いじゃない。でも今は・・・』『いいんだ。お前の気持ちは分かってる。俺、いつまでも待ってるから』
フリスビーが、青空に吸い込まれていきました。
まず今回は冒頭で触れた「演出」が非常に目を惹く一編です。ナマケルダさん登場から撤退までの間のセピア調の色彩は、当初放送事故かと思った程の急展開で、正直戸惑ったのも事実。その後の変身バンクが普通の色合いだったので、ここで初めて意図的な演出だとわかりました。
それだけに賛否両論あったと思います。特にターゲット層のお子様達には難しく、一緒に見ている親御さんでさえも戸惑ったのではないでしょうか。
しかし、この挑戦を私は高く評価します。
意図が不明瞭な独りよがりでは困りますが、そのようなものでない限り、実験・冒険をしてもいいはずです。残念ながらオペラにおいては、最近意味不明な演出が幅を利かせているのですが・・・
それはさておき、古い例ではウルトラセブンにおける「実相寺演出」というものがあります。「狙われた街」「第四惑星の悪夢」という、子供には難解ながら、大人になって見返すと改めて深さに気付く佳作を彩ったのは、特徴的なカメラワークや構図を駆使した演出でした。
今回のセピア調シーンも、色々なものを感じさせます。ナマケルダさんの登場から一気に色調が変わるのも、何気ない日常の世界から一転した非日常の不条理な世界がやって来た事を暗示しているようです。
セピア色は大人にとって、過ぎ去った夏の日の思い出に、フィルターのようにかかる色。そしていおな達と同じ思春期に足を踏み入れた少女達にとっては、まだ見ぬ恋への期待と憧れ、それ以上の不安を代弁する色のようです。だからこそこの話を観たお子様達が年を経るにつれて、次第に違う見方を覚えていけるのではないでしょうか。
また変身後からのアクションシーンでは、ひときわ濃いセピアのフィルターの下で、紫色と緑色が対比して用いられています。これはフォーチュンとナマケルダさんの主張が混ざり合わず、対立し合っていることを象徴しているようです。
裕哉を閉じ込めた「鏡」の使い方も印象的です。今までも鏡を挟んで対峙したりした描写が見受けられましたが、今回は「鏡に映り込む倒れたフォーチュン」や、「鏡を横切るナマケルダさんの影の直後、実際に鏡の前を横切るナマケルダさんの実像」など、凝った使われ方をしています。
意欲的なカメラワークだけでなく、鏡に反射する光を象徴的に使っている事が目を惹きました。
裕哉を封じた鏡は、セピアの暗い世界でも光を映して輝いています。鏡はそれ単独では光を発しません。何か強い光の方を向いて初めて、反射光で輝きます。すなわち裕哉の目線の先にはいおな=フォーチュンがいて、彼女の輝きを受けて裕哉も輝く、という事ではないでしょうか。二人で共に輝きたい、という想いが伺えるようです。・・・って、自分で書いておきながら難ですが、ちょっとクサいですかね(笑)
そして、フリスビーについて。気持ちと言葉のキャッチボールをする様を、フリスビーに置き換えて描いているようです。
はじめ裕哉が放ったフリスビーをいおなが受け止める。これは裕哉から投げられた告白というボールを、まず受け止めたという事だと思います。
次にいおなが投げ返すフリスビーはうまく飛ばずに自分のところへ戻って来てしまいました。気持ちを上手く伝えられない事、そして自分を見つめ切れていない事、といった彼女の内面の戸惑いを代弁しているように見受けられました。
その後裕哉のアドバイスで飛んだフリスビーも、高く飛んだものの受け取りにくいものでした。それは多少外れても、いおなを全部受け止めてカバーするという裕哉の意志を表したのかもしれません。
もっとも次の場面では、少し気が急いた裕哉の空回りを描くように、誰もいない芝生広場の方へと転がって行ってしまいますが、これもまた二人の心境を描き出しています。
そしてラストシーンのフリスビーは、どちらが放ったものなのか。これを想像するのも、この二人の今後を占う上で興味深いです。
他にも校舎の裏の流し台で流れる水の描写。動物園で突然口を開けるカバ、そしてデートの行方を見守るようなナマケモノなど、意図が込められていそうな描写が多々見受けられます。
もっともカバについては
『大きな口、カバさん』 と子供っぽく驚くいおながかわいかったです!という感想しか持てませんでしたが(笑)
また、鏡に閉ざされた裕哉を前にしたいおなの動揺を、融けたソフトクリームで表現するのも、緊迫感と戸惑い、怒りが感じられて目を惹きました。
BGMの使用も最小限に抑制され、全編にわたってセミの声が響いたり、無音のシーンが続いたりします。セミの声は夏の終わりと秋の訪れを思わせる切なさだけでなく、メスに自分の存在をアピールするオスの声でもあります。音の使い方についても意図したのかもしれません。
台詞回しについても目を惹くものがありました。特にナマケルダさんといおな=フォーチュンが対峙する際の台詞は、変身前、変身後ともに多くを語らず行間を読ませるような台詞回しが印象的です。
また、ゆうゆうの
『でも恋はするものじゃなく、落ちるものだから』という台詞は、余裕を感じさせるだけでなく、
彼女がかつて経験したと言う過去の激しい恋についても想像を巡らせます。お蔭で彼女の謎がまた一つ深まってしまったのですが・・・
残念ながら「恋」についての価値観は、私はナマケルダさんの主張に共感するところが多く、深く掘り下げて語ることができません。オペラでもたいてい悲劇に転がってしまいますし(笑)。もう少し気の効いたことが書ければ良いのですが・・・
この手のキャラは特に大きなお友達から嫌われてもおかしくないはずの海藤裕哉君。ところが蓋を開けてみれば爽やかな印象をもたらす好人物でした。
最初は余裕たっぷりの女たらしかもしれないと思わせながら、実は自分も精一杯だったところ。自分の器を理解した上で、押しつけ過ぎたかもしれないといおなを案じられる心配り。答えを焦らない寛容さ。など、彼にならばいおなを任せてもいいと思わせるいい奴で良かったです。
私は忘れておりません。
なぎさを振り回したチャラ男こと支倉のことを・・・(笑)
ところで「海藤」という苗字、あの巨大グループとは関係ないですよね・・・?
【今回のおめでとうメッセージ/キュアソード】
背中を向けての決めポーズなど、お約束を守りながら登場。彼女も今回のいおな同様、当初はこんな笑顔するとは思いもしませんでした。もっともポンコツ化の方が際立ってしまいましたが(笑)
そして当時は演じる宮本さんが休業中だったため、久々に声を聴けて安心したものです。3作後のエンディングを担当するなど想像もつきませんでしたし。